1巻 1章 [1]呼吸器系疾患の動向と看護 [1]呼吸器系疾患の動向

呼吸器系疾患の動向

state of arts of respiratory disease

SAMPLE

1.総論

世界保健機構(WHO)による疫学調査では,2020年の全世界の死亡原因は,第3位が慢性閉塞性肺疾患(COPD),第4位が下部呼吸器感染症,第5位が呼吸器癌,第7位が結核になると予想している.わが国でも2005年の年間の総死亡者数約108万人のうち,呼吸器系疾患(肺癌,肺結核,肺炎など)による死亡者数は約20%(22万人)を占める.今後も高齢者人口増加のため,加齢と関連するCOPD,高齢者喘息,肺癌,誤嚥性肺炎などは増加することが予想されている.さらに喫煙率は,男性では以前の約80%から低下傾向ではあるものの現在でも50%以上あり,女性では徐々に上昇しており,喫煙と関連の深いCOPDや肺癌などは増加することが予想される.

肺炎や結核などの感染症による死亡率は,抗菌薬や抗結核薬の開発により減少してきたが,1990年代に再び上昇傾向となり,特に高齢者では肺炎による死亡率が高く,肺炎はわが国の死因別死亡率の第4位である.今後も誤嚥性肺炎,日和見感染1),結核の再燃などが問題になる.さらに鳥インフルエンザや重症急性呼吸器症候群(SARS)など新規感染症が社会問題になっている.

職業性肺疾患は,じん肺が産業構造の変化や労働衛生の改善により確実に減少している一方で,アスベストによる健康被害は社会問題になっている.アスベストによる悪性胸膜中皮腫は,曝露後20~40年後に発症のピークを迎えるため,今後増加することが予想されている.

以上のように呼吸器疾患は,悪性腫瘍,感染症,喘息などのアレルギー性疾患,COPDや間質性肺炎などの慢性呼吸器疾患など多様な病態があり,頻度も多く,今後も重要な位置づけにある.近年では,証拠に基づいた治療(EBM)が推奨されているが,各呼吸器疾患に対する治療ガイドラインが相次いで作成され治療に役立っている.看護師は,吸入ステロイド(ICS)などの吸入指導,在宅呼吸管理の指導,癌化学療法や癌緩和ケアの専門知識,院内感染予防,患者への疾患の説明など,呼吸器疾患治療全般においてその役割は重要である.

2.気管支喘息

世界的に喘息の罹患率は増加しており,わが国の罹患率は,成人で3~5%,小児で7~10%である.一方,ICSの普及とともに喘息死は劇的に低下した.しかし,現在でも約2600例の喘息死が存在し,他の先進国よりも高い水準である.特に喘息死の80%以上が高齢者で,喘息死の減少率も非高齢者に比べて低い.高齢者人口増加のため,今後も高齢者喘息は増加すると考えられ,ICSによる治療を普及させるなどの適切な対応が必要である.また高齢者では,COPDや心不全,胃食道逆流症などを合併している患者が多い.なかでもCOPDの合併率は約25%を占めると報告されているが,その多くが適切に診断されておらず的確な診断が重要である.

3.慢性閉塞性肺疾患(COPD)

わが国の40歳以上のCOPDの有病率は8.5%,70歳以上の高齢者では17.4%と推定されている.世界的にも40歳以上の中等症以上のCOPDの有病率は10.1%と報告されている.COPDの最大の原因は喫煙で,約90%のCOPD患者は喫煙者である.禁煙により発症のリスクを低下させることができ,さらにその進行を抑制することができる.COPD患者で喫煙を続けると1秒量が1年に60~150mL低下するのに対し,禁煙すれば20~30mLの低下に抑制できる(図1).ニコチンガムやニコチンパッチ,チャンピックスなどの禁煙補助薬を必要に応じて使用した禁煙指導が必要である.近年,新しい吸入抗コリン薬が開発され,呼吸機能の改善,生活の質(quality of life; QOL)の向上,急性増悪の頻度の低下が報告されている.禁煙や薬物療法に加え,運動療法や栄養療法による包括的治療が推奨され徐々に普及してきている.

図1 1秒量(FEV1)の経年的変化

4.間質性肺炎

特発性間質性肺炎の罹患者数は,軽症例を含めると1~2万人と推定されている.その原因は不明であるが,気管支鏡による気管支肺胞洗浄や気管支肺生検,CTなど画像診断の進歩,胸腔鏡による肺生検などにより少しずつ病態が解明されてきた.今までに数回の診断基準の改訂を重ね,現在7つの異なる病理形態により分類されている.なかでも特発性肺線維症は,慢性進行性で最も治療抵抗性である.ステロイドや免疫抑制薬による治療が行われるが,効果を示さずに呼吸不全により死亡する患者も多い.近年,少しずつ新しい治療法が開発され,肺における抗酸化作用をもつグルタチオンの前駆体であるN-アセチルシステインの吸入療法や,線維芽細胞の増殖抑制,膠原線維の過剰産生抑制作用のあるピルフェニドンが臨床応用されている.

5.慢性呼吸不全

COPDや陳旧性肺結核により慢性呼吸不全を呈した患者では,経過が慢性であり,在宅での呼吸管理が重要である.在宅酸素療法(HOT)は,低酸素血症による肺高血圧を改善し生命予後を延長する.慢性呼吸不全患者のうち,低酸素血症に加え慢性的に高二酸化炭素血症を伴った2型呼吸不全の患者では,継続的な換気補助(人工呼吸療法)が必要となる場合がある.非侵襲的陽圧人工呼吸器(NIPPV)療法は,マスクを介して換気を行うもので,気管切開にかわり在宅でも実施可能なマスク式補助換気用人工呼吸器である.さらに,気管切開をしている患者でも在宅で人工呼吸器を使用することができる.

急性増悪の原因となる感染予防のためにワクチン接種が推奨されているが,わが国でもインフルエンザウイルスワクチンに加え,約15年前から肺炎球菌ワクチンの接種が可能になり,感染予防に役立っている.

6.悪性腫瘍

1998年以降,肺癌は癌死のなかの第1位で,年間約6万人が死亡している.肺癌は非小細胞肺癌(腺癌,扁平上皮癌,大細胞癌)と小細胞肺癌に分類され,喫煙が最大のリスクファクターである.手術,放射線照射,抗癌剤が治療の主体であるが,自覚症状に乏しいために多くの患者は進行期の状態で発見され,根治性の最も高い手術の適応とならず,予後不良な疾患である.しかしながら,1990年代に多くの新規抗癌剤が開発され,2000年以降には従来の抗癌剤とは作用機序の異なる分子標的治療薬2)が開発された.また,放射線治療も定位放射線治療や粒子線治療が開発され,その技術は徐々に向上している.早期の肺癌では,胸腔鏡を用いた侵襲性の少ない手術法が行われ,QOLの保持にも役立っている.

癌患者においてQOLを向上することは重要である.1989年にWHOが,緩和ケアを癌治療当初から行うことを提唱して以来,徐々に緩和ケアは進歩している.しかし,いまだにわが国ではオピオイドの消費量が欧米に比べて少なく,早期からのオピオイドの導入など,よりよい癌性疼痛の管理が必要である.2002年以降,オキシコドン徐放製剤や速放性製剤,フェンタニル貼付剤や注射剤が使用可能になり治療の幅が広がっている.

7.感染症

高齢者では加齢に伴う嚥下反射や咳反射の低下により,無意識のうちに繰り返す不顕性嚥下に伴う誤嚥性肺炎が多い.特に脳血管障害やパーキンソン(Parkinson)病などの神経変性疾患を合併している患者では起こしやすい.誤嚥性肺炎の原因菌は口腔内常在菌が多く,発症を予防するには口腔内ケアや嚥下訓練(リハビリテーション)が重要で,繰り返す場合には胃瘻を造設することもある.

免疫機能を抑制する薬剤(抗癌剤,ステロイド,免疫抑制薬など)の投与が増加していることに伴い,サイトメガロウイルスやニューモシスチス・イロベチなどの日和見感染が増加している.日和見感染は院内感染の形をとることが多く,医療従事者や医療機器の入念な消毒が重要である.また,菌交代現象を起こさないためには,起因菌をできるだけ同定し,無計画な抗菌薬の乱用を避けることが重要である.近年,肺炎球菌やレジオネラが尿中抗原により検査できるようになり,起因菌の同定に役立っている.

結核は,1950年まではわが国の死因の第1位であったが,1951年の結核予防法の成立やリファンピシンなどの抗結核薬の開発により罹患率や死亡率は低下した.しかし,1980年代に低下速度が鈍り,1997年には新規登録患者数が増加に転じ,1999年には厚生省(現在の厚生労働省)が結核緊急事態宣言を発した.現在,結核予防法は廃止され,新たに感染症法の第2類感染症に組み入れられた.患者数増加の原因として,70歳以上の高齢者の増加が特徴的である.体内に生存していた結核菌が,高齢化や免疫機能が低下する疾患への罹患により免疫能が落ちた患者で発病するためである.結核の感染診断は,長年ツベルクリン反応で行われてきたが,ブースター現象や強い副反応,BCG接種の影響,非結核性抗酸菌感染症との鑑別困難などが指摘されてきた.近年では,より精度の高い診断法であるクオンティフェロン(QuantiFERON) TB-2G (QFT-2G)検査が施行されている.

(足立 満/廣瀬 敬)

●1) 日和見感染 悪性腫瘍,糖尿病,腎不全などの基礎疾患や,免疫を抑制する治療によって免疫機能が低下し,感染への抵抗力,防御力が低下した患者(イムノコンプロマイズドホスト)に,本来は病原性をもたない微生物が増殖し,感染症を発病すること.
●2) 分子標的治療薬 従来の抗癌薬(殺細胞性抗癌薬)が細胞傷害を狙うのに対し,分子標的治療薬とは,体内の特定の細胞増殖にかかわる分子を標的として,その機能を抑えることにより治療する方法である.分子標的治療薬には小分子化合物とモノクローナル抗体がある.
図1 1秒量(FEV1)の経年的変化